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2009年11月19日 (木)

ふたたび慶應三田祭【戦後文学と<ポスト戦後>】講演会について

 下記にありますように、慶應三田祭【戦後文学と<ポスト戦後>】講演会(11月21日・土曜・519教室、16時~17時30分)があります。

 「文学かぁ~」といってしまえば、なんとなく入り口が狭い。それに本なんてあんまり読まない、ましてや小説などはほとんど読まない、「ケータイ小説」なども興味がない・・・なんて、実際、わたし自身も最近は海外の文学作品を読む以外、この国での小説や文学などほとんど触れることがないわけですが・・・、

 最近思うには、いまはネットで何でも「知ってる気分」、「わかった気分」でいることのできる世の中になったんだなぁ、って印象です。でも、みんなわかった気分でいることが、逆に不安となっていないか。ホントは深いところで知らないことがいっぱいあるのに、ネットという共通情報装置によって、「まっ、いいや」って感じでスルーしてないか。

 それに、「情報」って、ネタもとの装飾や作為に仕上げられたものなのに、それを鵜呑みにして、安っぽい「受け売り」なんてことに陥っていないか。ふっと、そんな気がしてなりません。

 そんな「世の中=日本=regionalじゃなくて都市部=お受験みたいな先送り幸福論社会=おたくチックな?=安っぽさ・・・」にあって、もしかして「文学」という、むしろ不可視な、曖昧な、象徴性が散りばめられた、それでいてどっからくるかわからない不確定さと読み手と近いようで遠い関係に、それぞれ個々の精神(大袈裟か!)や気分を滑り込ませてみるというのは、「今より」あるいは「ここより」ほかの場所に行ける足腰を作ってくれるんじゃないか。

 20代の頃は、よく文学作品に熱中していました。しかし、あれから、さんざんなことが多くあって、文学どころじゃない。ちゃらちゃらヒマな話なんてしているんじゃないとお叱りの向きもあるでしょう。もちろん、わたし自身のなかにもそんな後ろめたさが少なくない程度にありますが、もし現在の情報社会の閉塞感に一点の針穴を開けるとするなら、暗箱の中にあって、一点の針穴は、それがどんなに小さなものでも、外からの光は強く差し込んでくるように、文学とはなにかの光となるんじゃないか。そんな意味合いで、今度の講演会には臨んでみようと思っています。

 当日は雨との予報。時間もまたたく間に暗くなる16時から。講演会の条件としては、そんなによくないのですが、暗箱の中から見える一点の針穴のように、光が差し込めていけたら、いいなと思っています。

 皆さんのご参集をお持ちしております。

11月 19, 2009 0. 緊急のお知らせ, 1. 講演予定等 |