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2009年10月24日 (土)

自主ゼミ【平和論】の10月26日は休講です!

 10月26日は、会場の都合により、休講です。

 第五講 「非戦論」と「平和」について~内村鑑三が説く「非戦」の論理について~は、11月2日(月)に開講されます。お間違えのないように、よろしくお願いします。

 ところで、今回の「大人のための歴史講座」ですが、東京近郊にお住まいではなく、また時間的に講座を受講できない方が、いらっしゃるかと存じます。本来なら、そのためにインターネット通信などを通じて、配信することも、今では可能になっているようです。そうしたskill(=技術・方法)も今後、検討する必要があるように思いました。

 文化系における大学教育が「専門性」という美辞麗句で飾られ、体系的、あるいは基礎的思考を育成する場所になっていない現実。実際、学生は単位を取るため、「学問」を単に目的化していますし、また少子化の中、大学が高等教育の機関とはなり得ず就職斡旋業者のような状況になってきてさえいます。しかし、そのなかでも大学はまだ、権威主義を振りかざしているように見えます。

 大学教育はいま、転換期に直面しているのかもしれません。たしかに、昨今、そうした学問や研究の現場において、さまざまな自由なアカディミズムが求められている時代になってきています。わたしたちの自主ゼミの試みなども、まさにそうしたものの一つです。

 もしかして、ネット配信は、そうした「大学」教育の権威性や閉鎖性を、切り崩すこととなるかも・・・。そんなことも考えられます。まだ、わたし自身、その現実をただしく掴んではいませんが、もしかしてとも思います。

 それはともかく、とりあえず第五講の開講日については、ご注意いただけますようお願いします。

10月 24, 2009 0. 緊急のお知らせ |

2009年10月17日 (土)

【第四講】のお知らせ

 前講では、カントの『永遠平和のために』をテクストとして、「平和」への実存的な意味を論考しました。カントが生涯過ごした東プロイセンのケーニヒスベルグの多元的な文化構造をヒントに、カントの「平和」への思想を追うという試みは、とても大切なことにように感じたしだいです。

 ところで、次講【第四講】では、クラウゼヴィッツの『戦争論』をテクストにして、戦争と暴力の問題について論考します。言うなれば、平和とは「かりにそれが戦争といった暴力にかこまれたものであっても、台風の目のように暴力から逃れている状態」であるとも言えます。したがって、戦争と平和という対置のありようも含めて、戦争、それにともなう権力、および暴力について考えてみることは重要に思います。

 10月19日(月)、池袋勤労福祉会館、17時半から。また、今回のレポートもよろしくお願いいたします。

10月 17, 2009 0. 緊急のお知らせ, 2009年度自主ゼミ |

2009年10月 8日 (木)

自主ゼミ 第三講について

 10月12日(月)は日本的には休日となっていますが、自主ゼミは第三講を開講します。テーマは<「戦争の世紀」からの離脱>で、カントの『永遠平和のために』を論考します。

 前講では、ジョージ・オーウェルの『1984年』を論考しました。「平和」が戦争や国家統制によって囲繞されている状況を、現代的な状況の透視画のようにジョージ・オーウェルが表現した意味を考えてみました。

 そこで次講の第三講では、領域国家から主権国家が誕生し、その後、国民国家が形成されていく過程について再度確認する作業とともに、国家と理性、国家意志と統制という地点から、カントの『永遠平和のために』を読みかえ、カントの考えていた「平和」についての論議を深めたいと考えています。

 第一講でホッブズの『リヴァイアサン』について、国家こそが「万民の万民に対する戦い」を抑制するという近代国民国家の「契約」について言及しましたが、第三講では、国家を律する「契約」の今日的な意味を考えてみたいと思います。今の国家や社会体制は、はたして「平和」への希求にどれだけの耐久性を持つのか。より新たな「平和」への試行が必要なのか。第四講のクラウゼヴィッツの『戦争論』につながる論考をしたいと考えています。

 本講と次講ともに、テクストならびに講義内容に、現代の平和を巡る問題性のような具体性が少なく、受講している皆さんには、難しい印象をもたれるかたもいらっしゃると思いますが、「国家」と「平和」を避けては通れませんので、資料等に目を通していただいて、些細な感想や質問でもいいので、お寄せいただければ幸いです。

 台風接近もあり、雨脚が強まっていますが、また次回月曜日、お会いできればと存じます。

10月 8, 2009 0. 緊急のお知らせ, 2009年度自主ゼミ |

2009年10月 2日 (金)

自主ゼミ【第二講】について

第二講は、10月5日(月:19時30分から)です。

 テーマは<「暴力」と「平和」について> ジョージ・オーウェル『1984』を読んで、です。

前講では、「平和」とは何か、という問いかけから、その論理と倫理が「戦争」との反措定から構築されていること、さらに「平和」そのものがすでに「PAX ROMANA」などで象徴されるように、内に統制と暴力を内包させていることをお話ししました。

そこで、次講では、そうした状況をもう少し見極める意味で、ジョージ・オーウェルの『1984』の一篇を皆さんにお読みいただき、それを含んで、統制と暴力の中の「平和」の現代的意味を考えてみたいと思います。

最近電車に乗るたびに思うのですが、電車では老若男女を問わず、ケータイやゲーム機でゲームをし、ヘッドホンで音楽を聴き、外部との遮断と音と内面の独占へ入り込んでいる状況が多く見られます。囲碁や将棋などと違った<与えられた>仕組みの中でのゲームと心地いいだろうという意図に満ちた音楽の中で、人びとは少なくとも安心を維持しているかのようです。

そんなことも考えながら、『1984』の現代的意味を論考してみたいと思っています。よろしくお願いします。

10月 2, 2009 0. 緊急のお知らせ, 2009年度自主ゼミ |