2009年 新年の手紙
新年 あけまして おめでとうございます
昨年中のみなさまのご厚情に感謝申し上げるとともに、本年2009年のみなさまに幸多かれという願いをこめまして、心から新年のおよろこびを申し上げます。
思うに、21世紀はまたたく間にその10年を過ぎようとしています。ちょうど紀元1000年のころヨーロッパでは終末思想が起こり、人びとは不安と懼れのなかで11世紀を迎えたといわれています。しかし、予想された災禍は起こらず、その後、人びとは明るさの証しをしめすがごとく、家の壁を白く塗ることが流行したといわれています。
現在の南欧の風景をあらわす、紺碧の空と群青の海。その空と海に挟まれ、深緑のオリーブの樹木を引き立たせる白い漆喰で塗られた家々は、そうした伝統を受け継いだものです。実際の白壁は、そこにAzul(=青)を混ぜているがゆえに、より一層の白さが浮きでるようにしているということですが・・・。
しかし、21世紀の世界に、壁は白く塗られるのでしょうか。いまだに戦火は止む気配はなく、食糧と愛情を求める赤ん坊の泣き声は地上を低く被い、不安げに空を見つめている人びとを押しのけるようにして、価値のすべてを富貴と利益に求める資本という空虚が、隊伍を組んであたりを睨みつけ、優位を囲っているように見えます。感動も歓喜も、そして悲哀や苦痛も売り買いされ、人びとの心に黙しがたく存在する柔らくみずみずしい情緒は、もはやすり切れて「安い」意味のみしか与えられないような光景を目の当たりにすることがよくあります。明るさの象徴だった白い漆喰の壁。それをわたしたちははたして取り戻すことができるか。
幾たびかの、そして幾億もの希望や期待を受けて、2009年、今日1月1日ははじまりをむかえます。戦火が絶えるために何をすべきか。悪化する地球環境にどんな言葉が必要なのか。そして、人が人を信じ、互いにそれぞれの意味を認めあう世界には、どんな感情が必要なのか。そんなことを、ふと思ったりします。
いずれにせよ、この年2009年が、みなさまにとって意義深い一年となることを祈念して、つぎのような拙文をしたためました。今年もよろしくおつきあいをお願いします。
石に刻む
いつのころから
人類は
記憶を石に刻み込んできたのだろうか
太古の人びとが描いた アルタミラの壁画
上海のフランス租界の墓地に 刻まれたEpigraph
サラエボの記憶が刻まれた 壁に穿たれた銃痕
二〇〇九年という新年
いまだつづく戦火の咆哮と
夜明けを照らす松明
無智と貧困と あきれるほどの軽薄と
水平線から昇る太陽
それらを いったいどれくらい
過ぎて行けばいいのか
いつのまにか手から滑り落ちる 記憶にも
一滴の涙ほどの 意味はある
風が吹いてきて 肌を刺す荒野に
佇立する石の記憶
心の底に蓄積されるために
この年もまた
石が宿す時間に 記憶を刻む
12月 31, 2008 0. 緊急のお知らせ | Permalink




