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2008年4月24日 (木)

次講4月28日の講義について

 4月21日はお疲れさまでした。前講では、「特攻」という問題を「罪責」として考えるとして、その思想の基盤を論考しました。ハンナ・アレントやカール・ヤスパース、テッサ・モーリス=スズキなどの言説を引きながら、自己自身が歴史的存在であり、強く他者性を意識せざるをえないという地点から論を展開してみました。ここでの講義は、ある意味、この東大自主ゼミのもっとも重要な思想的根拠を示したものになるかと存じます。不明の点などありましたら、メール等でご質問いただいても、また次講以降、お聞きくださっても可能です。ともに哲学的な命題にひるむことなく取り組んでいただければと考えています。

 ところで、次講は4月28日です。このあたりは連休などがあり、何かと世の中が定着しない状況だと思いますが、その翌週の5月5日は休講となりますので、ちょうど全体の4分の1が終わったことでもあり、これまでの講義内容も含めて見返すには丁度いい講義になるように思います。テーマは、前回お渡ししたテクストの大貫恵美子の『学徒兵の精神誌』などをふまえての「テロと特攻」についてです。さまざまな問題を含むテーマなだけに、受講生のみなさんの積極的なご参加をお待ち申しております。

4月 24, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年4月19日 (土)

自主ゼミ教室の件

 連絡させていただきます。教室は5号館の532番教室です。前回受講されたかたは同じ教室です。新たに参加されるかたは教室等、お間違えのないようにお願いします。

 それとテクストのコメント(意見・感想)の件ですが、今後も10講義にわたってコメントをいただきますので、できるだけそぎ落として短めの文章でお願いします。いま現在では、学生諸君のコメントがあまり届いていない状況です。しっかり対応をお願いします。

4月 19, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年4月15日 (火)

初講のまとめと次講(4月21日)について

 初講日は、お疲れ様でした。

 初講では、講座内容の説明と運営についてお話ししましたが、毎週末ごとの簡単なレポートの提出については、よろしくお願いします。ただし、あまり長い文章ですと紙量の関係で講義にフィードバック(feedback)することが、厳しくなったりしますので、できるだけ簡潔でお書きいただけると幸いです。

 ところで、初講では『「特攻」という課題』という講座名について、とくに「課題」とする意味についてお話いたしました。日本という国は、世界で最初の被爆国である一方で、世界で最初に人間を弾丸代わりに使用した、あるいはそうした戦術を実行した国家であること。被爆国としての認識は、意見の左右を問わずひろく理解されていますが、「特攻」作戦という戦術を生んだことへの深刻な「罪責の認識」が、戦後の「特攻」にまつわる言説をみても、十分に認識されてはいないのではないか。そこをまずは基点において、今後の講義を展開していきたいとお話いたしました。そのためには、初講日でお配りした書籍一覧等などの膨大な資料をふまえての論考、国家と抒情性の問題、また2001年の世界同時多発テロの発生以降の「テロ」と「特攻」の相関や現在のこの国の階級社会・格差社会の危うさなどの現在的な諸問題についても、「特攻」という基点からさまざまな論考をはかっていきたいと考えています。今後、講義内容について、論理的に複雑になることも予想されますので、適宜討論の時間などを設けます。その際には学生諸君ともども受講されているみなさんの積極的な発言をお願いします。

 それでは今後ともよろしくお願いいたしますとともに、前講でおわたしした『紫電改のタカ』(週刊初年マガジン)と『知覧特別攻撃隊』のテクストの読み取りをお願いいたします。

 *追記:人数にはまだ若干の余裕(3人ほど)があります。歴史社会学、あるいは社会哲学の学問領域に関心をもち、こうしたテーマで論考をはかってみたいと考えている学生諸君の参加を歓迎いたします。

4月 15, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年4月10日 (木)

自主ゼミの教室の件

 4月14日(月、16時20分~17時50分)が初講日となる自主ゼミの教室が決まりました。東大駒場キャンパス5号館の531教室(5号館の3階になります)です。ただし、当日になって、ほかの授業の兼ね合いで別の教室になる場合もあるようです。そのときは、教室に掲示をしますので、各自ご確認いただければと存じます。

 ちなみに今日(4月10日朝刊)の朝日新聞<東京マリオン>の紙面で、自主ゼミの案内が出ています。  

4月 10, 2008 0. 緊急のお知らせ, 2. 東大自主ゼミ講座 |

2008年4月 8日 (火)

自主ゼミについて

 4月に入って、世の中もなんとなく動き出した感じです。それにしても最近交通機関の人身事故の多いこと・・・。春になると何かと偶然性(accident)が人間を支配する運命なのか、その点はわかりませんが、いずれにせよそれぞれの学校で新学期が始まり、新入社員が同じようなスーツを着て集団で右往左往したり、新歓コンパで酔いつぶれいる大学一年生の姿を見るにつけ、この時期が一年でもっとも「ハレ」の日々なんだなと思わざるをえません。

 ところで自主ゼミは4月14日に初講日を迎えます。今回の講座は『「特攻」という課題』というものですが、戦時中の「特攻」作戦の解説、いわば「特攻」の歴史的講座ではないかという問い合わせをいただきました。

 ことわっておきたいのですが、この講座は「特攻」の歴史的な解釈を講義するものではありません。むしろテーマに「課題」と入れたように、戦時中に行われた「特攻」という作為が、その作為性に内包された問題性をしっかりと認識することもないまま、おざなりにされていることをまずはふまえて考えたいと思っています。そして、戦後になって経済至上主義の社会が「富国強兵」政策と変わることなく形成され、その結果、現在においても散見するように組織が個人を圧倒し、個々の感情や情緒までを「空気」としてとりこんでしまっている現実を論考することに目的があります。

 たとえば以前から問題となっている過労死の問題でも、企業責任が明確にもかかわらず企業はなかなかその事実を認めようとはせず、組織の論理で個人を圧迫しようとします。そこには組織に頼っていれば安泰だという信仰が大手を振っている現実があり、人びとが組織や集団から離れ個人としていかに生きるべきかという根源的(radical)な問いがほとんど閑却されている状況が見てとれます。

 ハンナ・アレントは、これこそがナチズムを生む温床と捉えました。彼女は『人間の条件』という本の中で、自己の生命維持のためだけの「私的領域」という閉域を超えた「公的領域」を意識させるとともに、その閉域を破砕するものとしての「活動的生活」の意味を提起しています。個人の根源的な問いとは、個人が独占し「私」するものではなく、人間の生存の意味として開かれていなければならない。それがアレントの言う「公的領域」の意味です。「損得」などにしか意味を見いだせない功利性や「生き残り」をかけるなどといった組織防衛的な意図を私的な情緒で粉飾するありようは、個人という根源を亡き者とする企みのように思えます。

 この講座で展開したいのは、「特攻」というものが国家や軍部あるいは世間といった組織性のなかでどのように生みだされ、またその組織性のなかで個人がどのようにつぶされていったのか、あるいは特攻隊員となった個人が、組織の圧迫のなかでどのように変位していったかを基盤において論考するものです。そんなわけで「特攻」の歴史をなぞるわけではなく、また特攻隊員の遺書を「戦争反対」の小道具として立論する意図もありません。以下のような括りは好きではありませんが、歴史社会学的な考察を展開したいと考えているしだいです。

 なお、教室は駒場キャンパスの5号館か7号館になると思いますが、まだ確定とはなっておりません。遅くとも11日(金)には確定すると思います。多くの方々のご参集をお待ちしております。・・・といっても資料その他の準備があり、ある程度の人数になったら、お断りするかもしれません。

 あらかじめゼミ委員の八木くん:akoto.asmy@jcom.home.ne.jpに申し込みを宜しくお願いします。

 

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