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2007年12月31日 (月)

2008年新年のごあいさつ

 2008年あけましておめでとうございます。2007年は多くのみなさまのご厚情をいただき、愉しい一年を過ごさせていただきました。昨年同様、本年もよろしくお願いいたします。         ところで、いつも新年をむかえると、きまって思い出す詩があります。田村隆一の「新年の手紙」という詩がそれなのですが、毎年、その詩をイメージして、下手ながらも詩を書いて新年をむかえるのを、ぼく自身つねとしていました。時間、地球、人間、戦争・・・。詩のテーマは毎年かわりましたが、この21世紀の現在に生存している自分を、新年では他の惑星から、あるいは過去か未来から眺めるようにして、詩を書いてきました。           そんななか、また再び田村隆一の詩の遭遇する機会があり、あらためてこの詩の巨人の言葉を噛みしめたとき、言葉がさまざまに共鳴し反発し、おおきな交響楽のようにぼくの脊髄に響いてくるのを感じました。かなわない・・・。べつに勝ち負けを言っているのではなく、時代の質が異なった空間での別の生き物のような、そんな感慨に拍たれてしまいました。そんなわけで、今年は、田村隆一の「新年の手紙」を、今年の巻頭の辞に置かせていただき、みなさまの今年一年のご多幸と美しい時代をお過ごすできますこと、そして地球上の戦禍がなくなり、悲しみの量がすこしでも減少しますことを祈念して、新年のごあいさつに代えさせていただきます。

元気ですか
毎年いつも君から「新年の手紙」をもらうので
こんどはぼくが出します
君の「新年の手紙」はW・H・オーデンの長詩の断片を
ガリ版刷りにしたもので
いつも愉しい オーデンといえば
「一九三九年九月一日」という詩がぼくは大好きで
エピローグはこうですね―
 『夜のもとで、防御もなく

 ぼくらの世界は昏睡して横たわっている。
 だが、光のアイロニックな点は
 至るところに散在して、

 「正しきものら」がそのメッセージをかわすところを
 照らしだすのだ。
 彼らとおなじくエロスと灰から成っているぼく、
 おなじ否定と絶望に
 悩まされているこのぼくにできることなら、
 見せてあげたいものだ、
 ある肯定の炎を。』
ナチス・ドイツがポーランドに侵入した夜
ニューヨークの五十二番街の安酒場のバーで

ドライ・マルチニを飲みながら
オーデンがひそかに書いた「手紙」がぼくらの手もとにとどいたときは
ぼくらの国はすっかり灰になってしまっていて
政治的な「正しきものら」のメッセージに占領されてしまったのさ
三十年代のヨーロッパの「正しきものら」は深い沈黙のなかにあったのに
ぼくらの国の近代は
おびただしい「メッセージ」の変容の歴史 顔をかえて登場する
自己絶対化の「正しきものら」には事欠かない
ぼくらには散在しているアイロニックな光が見えないものだから
「メッセージ」の真の意味がつかめないのです

大晦日の夜は材木座光明寺の鐘を聞いてから
暗い海岸に出てみるつもりです きっとすばらしい干潮!
どこまでも沖にむかって歩いて行け!
もしかしたら
「ある肯定の炎」がぼくの瞳の光点に
見えるかもしれない
では

                       『詩人のノート』(朝日新聞社 1976年)より

12月 31, 2007 0. 緊急のお知らせ |

2007年12月24日 (月)

2007年度宏究学舎終講のお知らせ

 2007年度の宏究学舎は、夏学期・冬学期ともに終講いたしました。夏は、丸山眞男の<『「文明論之概略」を読む』を読む>という講座で、冬は、ハンナ・アレントの<『人間の条件』を読む>という講座でした。双方とも、大学一年生には難しいテクストだったと思いますが、まずは読んでみるという気概を糧に、各自がんばっていただけたと思います。

 次年度2008年は、またどんな社会となるか、世界の飢餓や戦争、そして貧困、環境破壊はどのように進むのか、それとも改善するのか。そうした問題を一方におき、自分自身はそうした社会や世の中のなかに時間をもっていて、いかにものを考え、いかなる時間を過ごすか。常々思うに、そうしたつねに問題意識的な視座から、世の中における昨今の商業主義に迎合しない、何らかの「独立」といた立ち位置がほしいものと考えているところです。おもねない、よりかからない、たよらない、巻き込まれない・・・。「独立」という言葉には日常におけるさまざまな局面での自らの立場表明の元素といったものが内在しているように思います。いずれにせよ、安易なことは安きに流れる。福澤諭吉風に言うと、「出来難き事を好んでこれに勤むるの心」の大切さが、処世訓的な意味にあっても、そうでなくても、私たちの内燃エンジンを燃えさせてくれる言葉になるように思っています。

 宏究学舎に参加していただいた多くの受講生諸君に感謝するとともに、一人では出来ない、一緒に学ぶ意味の大切さをご理解いただければ、うれしく思います。2008年もまた、がんばりましょう。

12月 24, 2007 3. 宏究学舎 |

2007年12月12日 (水)

12月15日宏究学舎最終講のお知らせ

 次回12月15日で、2007年度冬学期宏究学舎も10講(最終講)を終えることになります。今回はなによりもテクストが難解で、その解釈に終始した観がありましたが、それでもアレントの思想の奥底にある希望といったものが、公的領域や私的領域、労働、仕事、活動。そして不死性や多数性、それと連なる他者という存在、さらに世界といった言葉の用法や働きを通じて認識されてきたかのようにも思います。そうした思考の糧を今後に活かせるように是非ともしたいものです。

 ところで今回の会場は九品仏の奥沢地区会館です。お間違えのないようにおいでください。なお発表者は3名です。最後の締めの講義になりますので、理解点やこれまでの疑問点を充分に討論したいものです。(当日は、打ち上げを考えていますので、こちらの方の参加もお願いします)

12月 12, 2007 |

2007年12月 6日 (木)

12月8日の宏究学舎のお知らせ

  △第9回宏究学舎のお知らせ▽

次回の宏究学舎は、いよいよ最終章である「<活動的生活>と近代」にはいります。この章がこれまで読みすすめてきた内容の再認識の章ともなります。残りの発表者は、9回・10回あわせて5名となりました。2度目の発表者もいるかと思いますので、いかにアレントをとらえられてきたかも含めて、大いに期待しているところです。

なお会場は、尾山台地区会館となっております。毎回会場が変わり、ご不便をおかけしていますが、なかなか一定の場所が取れないという事情をおくみいただければ幸いです。いよいよあと一息で、この大著も読み終わります。これまで読んできたことも含め、何かしら感じとっていただければ、それでこのゼミは成功かと存じます。ともにがんばりましょう!

12月 6, 2007 3. 宏究学舎 |