自主ゼミおよび宏究学舎実施中止について
秋台風が過ぎ去った東京には、蒼穹な天空が覆い、鳥たちの羽根を折るような風が、一日中吹いていました。こうして秋が深まり、冷雨が樹木を凍えさせ、冬にむかう。そうした季節という隈取りのなかで、私も長い時間を過ごしてきたと感じています。 ただし、北東北の日本海側の地方に生まれ住んでいたわたしにとって、冬とは、12月下旬から翌年3月まで鈍色の雲に囲まれ、激しく降り注ぐ白雪と足元をすくうような地吹雪の冬であって、石炭ストーブのコークスの臭いと、囲炉裏にくべられる炭と薪の焦げる香りのする冬でした。 そんな暮らしからとっくに離れた今でも、わたしには、いつまでもいつまでも降り続く、恐怖をともなった重く湿った圧雪の風景や、その一方で冷たい綿布団の中に祖母がおいてくれた湯たんぽの温もりが、かすかな記憶となり、吹雪の夜の恐ろしい風の音とともに蘇ってくることがあります。かじかんだ手足の記憶。それが囲炉裏の暖かさや湯たんぽの温もりで溶かされていく記憶。冬は、わたしにそんな記憶を残しつつ、いつのまにかわたしのなかの思いや抒情を紡いでくれたように思います。
ところで、この10月から東大自主ゼミを実施する旨をHPに告知しましたが、自治会の都合とわたし自身現在抱えている執筆その他の都合で、実施しないことにいたしました。すでにゼミに参加したいという希望も寄せられていて、期待なさっていた学生諸君には申し訳ないのですが、今執筆中の著作を仕上げるということで、勘弁いただけたら幸いです。実際、3・4年前から自主ゼミが重荷になったいたことは事実で、そのため時間的にも精神的にもずいぶん無理を自分自身に強いてきた感があります。この際少しでも時間をとって、いい作品をと思っています。ご理解いただけますようお願いいたします。 また、宏究学舎のほうは、2月中旬以降には適当な時間が受講生の皆さんと共有できると思いますので、2007年2月中旬から集中演習というかたちで実施できると思っています。その際には、よろしくお願いいたします。
HPを再興して、さまざまなよしなしごとでも書き連ねようと意気込んではみましたが、時間に追われ、気がせいて、なかなか書けないものです。昨年夏から今年の夏まで、北京・長春・藩陽・平頂山・ブタペスト・ウイーン・プラハ・上海・南京・紹興・蘇州・杭州・イスタンブール・カイセリ・カッパドキア・アテネ・エーゲ海などの諸都市をぶらついてきました。そんなことも書ければいいのですが、そうしたことがまだわたしの内部で各々がモザイク模様のように強い光を発していて、わたしの貧弱な精神では、いまだ掴みきれないでいます。 ・・・街の佇まい。市場での喧噪。蒼く透きとおった空と子どもたちの眼差し。そして戦禍の跡とひそかに眠る悲しみの記憶と呻吟。カフカの憂鬱とエゴン・シーレの狂気。酒場の陽気さとボスフォラス海峡の夕陽・・・。この秋から冬にかけて、ひとつひとつの断片を、めまいを覚えつつ感じていこうと思っています。何かを感じられたら、少し書いてみたいと思っています。
10月 9, 2006 0. 緊急のお知らせ | Permalink
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