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2006年7月 3日 (月)

2006年夏季宏究学舎終講について

2006年夏学期の宏究学舎は7月1日で終講となりました。参加していただいた受講生の皆さんには、お疲れさまでした。いろいろ収穫も反省もあったかと存じますが、しっかりと内容を吟味して、これ以降の成果につなげていただければ、幸いです。

次講2006年秋季講座は、9月9日から開講ということになります。学生諸君はまだ夏休みかもしれませんが、だからこそまとまって勉学できる時期です。テクストも、『「文明論之概略」を読む』の後半部第12講からですので、時間のあるうちにしっかり読み解いておいてください。また秋季講座からの参加希望も受付ております。ぜひテクスト全体を読了して、ご参加いただければと存じます。

ところで、10月16日(月、18時)から10回(毎週月曜日)にわたって、東大駒場キャンパスで自主ゼミを開講いたします。詳細については、東大自主ゼミのコーナーで9月上旬に掲示いたしますが、テーマは「戦争と記憶」を軸に、特攻隊として死を強制された青春の問題を、受講生の皆さんと論考してみたいと思っています。

よく、思想だとか哲学だとかは、七面倒なもので、実社会には役立たないとして等閑視するむきがあります。現代社会のように死が目前には見えにくくなっているなかで、そうした主張はいわば当然のように思われます。                              しかし、社会に蔓延する精神的な病からの殺人や自殺、あるいは、他者に対しての無関心と併走するかのような孤独は、まさに実社会そのものであり、それらとどうつき合うかは、それ自体で思想的であり哲学的なテーマです。「考える」ことを放棄し、流れのままに生をおくるのであれば、それは自己における緩慢な死を積み重ねていっているのとおなじです。                                                  悩みや苦しみから解放されるのは、そうたやすくありません。思想や哲学も同じです。悩み苦しむことは、あなたが自己の生を生きたいとする希望の象徴です。その困難さと生への希望は、思想や哲学に向かうこととかわりがないのです。複雑に入り組む思考や論理、その一つ一つに向きあうことで、なんらかの生きるヒントが湧いて出て、さらに自己から発して他者への連帯を意識できる、それが悩みや苦しみを経てきた人びとの感想なら、思想や哲学を学ぶこともそこに通じます。

 とにかく、8回の講座が無事に終了したことを皆さんと確認して、秋季宏究学舎でお会いできるのを楽しみにしています。最後に、tutorをしていただいた西田君天願君に、お礼を申し上げます。

7月 3, 2006 3. 宏究学舎 |

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