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2001年8月14日 (火)

【エッセイ】八月雑感…戦いの夏…

 八月。街には強い陽射しのなか、すべてのものから解放されたような若者で満ちている。夏休み。男の子も女の子も、夏は特別な季節なのだ。この夏にこそ運命が変わる。危険な出会い。めまいするようなアドヴェンチャー。そして、ひと夏のチャンス。
 渋谷や原宿には、金髪にブリーチして、目のまわりが真っ黒になるくらいの入念なアイシャドー、濡れて色鮮やかなルージュを引き、金色のラメを輝かし、思いっきり素肌を露出した女の子が、あたかも戦いに臨む戦士のようにテンションを高めて闊歩している。街は女の子のさながら戦場のようだ。
 だが、毎年八月といえば、六日広島に原爆投下。九日長崎原爆投下。そして一五日の敗戦。ザラザラとした雑音に包まれた昭和天皇の玉音放送。「……朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ 非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セシムト欲シ……堪エ難キヲ堪エ忍ビ難キヲ忍ビ・・・」。この時期になると、年中行事のように、いつもマスコミを通じて、独特な抑揚のついた昭和天皇の声を耳にする。
 日本人にとっての八月。同時に、かって日本軍の支配下にあったアジアの人々にとっての八月。空襲に逃げまどい、父を夫を兄を弟を、遠い異国の戦場で失った人々。戦場で餓死した無数の戦士たち。一億玉砕を叫び敵艦に体当たりをした若者。そして戦場とされ、家を焼かれ、肉親を殺され、なけなしの財産を失った人々。強制連行された中国人の悲しい眼差し。従軍慰安婦とされた女の子の絶望。八月に呼び起こされる記憶。
 もちろん先の大戦などは、日本史入試の必須事項のひとつって感じの受験生にとって、八月は受験の「天王山」。つまりは、受験と激闘を演じている真っ最中。でも、蝉時雨のなか、雑音だらけの昭和天皇の声を聞くと、歴史のなかの古い記憶がよみがえってくるような不思議な気持ちにならないだろうか。
 そして、夏は高校野球。地区大会一回戦コールド負け。相手との戦いに負けたのではない。自分との戦いに負けたという現実に気づく。なにが悲しいのかわからないが、とまらない涙。勝ちあがった者たちは激闘甲子園! なみいる強豪のなか、一球に青春を燃やす。剛速球。鋭く切れてくる変化球。チャンスに火を噴くバット。ファインプレー。甲子園の暑い戦場で、若者は、ひたむきにひたむきに白球を追い、白球に生命を吹き込む。
 八月。それは戦いの季節。過去の戦いに静かに眼を閉じ、記憶を呼び覚ます季節。激しい照り返しのなか、輝く太陽に身を焦がすようにして、それぞれの戦いの場を求める季節。
 いずれ夏は終わる。戦い終わった高校球児たちは、強烈な記憶とともに、バットを置き、白球を静かにしまい込む。夏祭りの夜。終電で無邪気に眠りこけている女の子。長い夏期講習を終え、ふと暮れかかっている空を見上げる受験生。君は来年の夏をいまから密かに期している。さまざまな戦いの夏が過ぎる。だが、その戦いは君たちにとって、なによりも心の糧になるはずだ。いま君の過ごした八月は、明日の君の記憶となって、君をきっと支えてくれるにちがいない。 

注)このエッセイは2001年8月に載せたものを再度寄稿しております。

8月 14, 2001 4. エッセイ |

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